
特別対談
~個体の強さと組織の強さの両立~
前回は4000IDシステムの誕生秘話について伺いました。「使い物にならない」個人が集まって、なぜ強固な組織を築けるのか?今回は、その根幹にある「ママさん最強伝説」の真実に迫ります。子育て経験者の持つ驚異的な組織力と、それを支える独自の組織哲学「スペリアルリーダーシップ」とは?
「母は強し」は世界共通の真理
松井氏:田中さん、前回「一人ひとりがポンコツ」というお話がありましたが、一方で「ママさん最強伝説」もおっしゃっています。この一見矛盾する表現の真意を教えていただけますか?
田中氏:これは非常に重要なポイントです。私から見ても、そして一般的に言われる「母は強し」というのは本当にそうだなと実感しています。
職種にもよると思いますが、安定的に、持続的にやり続けるということに関しては、男性女性で言うと、女性の方が強いなと感じています。そして「母は強し」というのは、アメリカならアメリカ、ドイツならドイツ、うちも海外にかなりのメンバーがいますが、各国に似たようなフレーズがあるんです。
松井氏:なるほど、文化を超えた普遍的な現象なんですね。
田中氏:そうです。子どもを育ててきているということの意味は大きい。お互いの状況を知っているメンバーが集まるからこそ、「私の子どもが熱を出したら、手の空いている私が今日はやる」ということを、みんなが繰り返すことによって組織が成立しているんです。
ヴェスパ・マンダリニア:オオスズメバチに学ぶ組織哲学
松井氏:その組織運営の根幹にある哲学について教えてください。
田中氏:私たちは「ヴェスパ・マンダリニア」という考え方を組織のシンボルマークにしています。これはオオスズメバチの学名である「Vespa mandarinia(ヴェスパ・マンダリニア)」から取ったもので、シンプルに言うと、個体の強さと組織の強さ、両方を求めるということです。
松井氏:オオスズメバチの組織をモデルにしているというのは非常にユニークですね。具体的にはどういうことでしょうか?
田中氏:オオスズメバチは、一匹一匹が非常に強力な個体でありながら、集団としても驚異的な力を発揮します。弱い個体が集まっても強い組織にはならない。強い個体が集まって、初めて強い組織が生まれる。これが私たちの基本的な考え方です。
田中氏:一人ひとりは不安定でしょうがないですよね。子どもが熱を出したときに、「いやいや、お互い様で頑張ろう」なんて、それはちょっとどうなのという話があって、そんなことは誰にも求めていません。
だけども、仮に自分のところが少しでも余裕があるときは、困っているメンバーに手を差し伸べる。気持ちだけじゃなくて、その力と行動力がある。つまり個体の強さをそれぞれが一定程度持っていないと、これは成り立たないんです。
松井氏:なるほど、弱い者同士が集まっても組織は強くならないということですね。
田中氏:まさにその通りです。令和の時代にこんなことを言うのはどうかと思いますが、でもみんなわかっていますよね。弱い人たちが集まってもやっぱりダメなことはダメなんですよ。強い人たちが集まることによって、これが成立している。
超サイヤ人化する子育て経験者
松井氏:子育て経験が個体の強さにどのような影響を与えるとお考えですか?
田中氏:子育てをすると、まさに「超サイヤ人化」するんです(笑)。時間的制約があるからこそ、無駄を徹底的に排除する思考が自然と身につく。効率的に働かざるを得ない状況が、結果として高い生産性を生み出します。
そして何より、共感ベースの強固な信頼関係が築けるんです。同じような制約や困難を経験している者同士だからこそ、お互いの状況を理解し、支え合うことができる。
松井氏:それは興味深い観察ですね。制約が能力を高めるという理論を、実際の組織運営で実証されているわけですね。
田中氏:そうですね。そして重要なのは、自分たちの不便さを克服するのも自分たち、ということです。誰かに解決してもらうのではなく、当事者自身が業務プロセスの可視化を行う。この当事者意識が、組織の強さの源泉になっています。
適正離職率という考え方
松井氏:組織の強さを維持するために、どのような仕組みを取り入れていますか?
田中氏:私たちには「適正離職率」という考え方があります。そして「うちはうち、よそはよそ」という文化を非常に大切にしています。
松井氏:それは興味深いコンセプトですね。詳しく教えていただけますか?
田中氏:中学1年生の子どもがスマートフォンを買いたいと言って、「◯◯くん家は持ってるらしい、買ってよ」と。「いや、うちはダメですよ。なんで?」「いや、うちはダメ。嫌だったら出て行きなさい」と(笑)。
こういう「うちはうち、よそはよそ」を すごく大切にしていて、つまり、コミュニティや組織には、それぞれ特性や特徴があると思うんです。
松井氏:組織のアイデンティティを明確にするということですね。
田中氏:はい。創業以来ずっと、「普通はこうだと思います」とおっしゃる方がいるんですね。どのタイミングでも、創業1年目でも10年目でも。「普通ってどこの普通?」という話で、「お母さん、普通はもうね、今ね、中1になったらスマホ持ってる」っていうのと一緒なんです。
文化に合わない人は引き止めない
松井氏:適正離職率の具体的な運用はどのようなものですか?
田中氏:コスモス(私たちのコミュニティ)の文化に合わなければ、引き止める必要はないと言っています。それが仮に業務で、たまたまその知識や作業のスピードで能力があったとしても、無理に引き止めて嫌なメンバーと仕事をする必要はない。
その人のためにも、そして引き止めた側としても、「でも彼女、頭いいから考えてくれるし、作業も進むから」でも「田中とは気が合わないんだ、嫌いです」。いや、それ絶対気持ち悪いでしょって。その先の生産性ってなんだよって話をよくするんですね。
松井氏:非常に合理的な考え方ですね。短期的な生産性よりも、長期的な組織の健全性を重視している。
田中氏:そうです。集団である以上、必ず好き嫌いが出てしまう、当たり前ですよね。無理に皆を閉じ込めて、全員同じ価値観を強制しないことによって、一定程度の健全性を保てているという感じがあります。
組織の力学:心理的安全性と自律性
松井氏:この「引き止めない文化」が、逆に組織の結束を強めているということでしょうか?
田中氏:まさにその通りです。嫌だったら出ていけるという選択肢があるからこそ、残っている人たちは本当にここにいたい人たちなんです。そういう人たちが作る組織の力は、やはり強いと思います。
そして、変に引き止めない、抱え込まないというところが、実は心理的安全性にも繋がっています。働けないときには「働けない」と気兼ねなく言える文化です。
松井氏:それは現在注目されている「心理的安全性」の実践例でもありますね。Googleの研究でも、心理的安全性の高いチームほど高いパフォーマンスを発揮するという結果が出ています。
田中氏:はい。そして重要なのは、この心理的安全性が「甘やかし」ではないということです。個体の強さを前提とした、建設的な相互支援の文化なんです。
専門領域にこだわらない文化
松井氏:組織の強さを支える他の要素はありますか?
田中氏:私たちは全員に対して、「自分のキャリア、プラスアルファのことをやるように」と言っています。経理だけ、給与計算だけにこだわりたいんだったら、うちじゃないところでやってね、と。
松井氏:それは興味深いポリシーですね。専門性よりも柔軟性を重視している。
田中氏:そうです。これも不連続性に対する私たちの組織としての体制づくりなんです。つまり、替えが利くということ。ママさんは子育てをしていれば何ができるかわからない。その対応を作るためには、専門領域を作っちゃいけないよね、ということがうちの文化になっています。
例えば、私はスーパーマーケットに勤めていました、ブライダルの会社にも勤めていました。でも「今日から俺はブライダル業をやっているんだ」という意識、「スーパーに入ったら俺はスーパー業をやっているんだ」という意識でした。
松井氏:職種ではなく、会社や事業に対するコミットメントということですね。
田中氏:まさにそうです。仕事に対する向き合い方の問題だと思っています。「私は経理の人」ではなく、「お客さんが困っていたらお客さんのところに駆けつける」これが普通のことでしょって。
変化に対応する組織文化
松井氏:このような文化が、なぜ今の時代に重要なのでしょうか?
田中氏:AI時代、DX時代において、変化に対応できる柔軟性と自律性がますます重要になってきます。専門領域にこだわって「私はこれしかできません」という発想では、変化についていけない。
逆に、「何でもやります、お客さんのために価値を提供します」という発想があれば、AIに仕事を奪われるという不安は生まれないと思っています。
松井氏:それは重要な指摘ですね。仕事の本質は「価値提供」であり、その手段や方法は変化しても構わないということですね。
田中氏:そうです。仕事って価値交換じゃないですか。そこにお客さんがいて、それに対して何らかの価値を提供したい。組織に入った場合も、その組織が直接的にお客さんに何を届けているか、そのキャッシュイン、つまり売上がどう立っているかに、どの立場で入っても立ち返らないとおかしな話になる。
そこさえ抑えていれば、仕事を失う不安なんて生まれないと思っているんです。
自己成長と組織貢献の両立
松井氏:個人の成長と組織の発展をどう両立させているのでしょうか?
田中氏:特にリーダー業務で業務構築に関しては、最初から全員に挑戦させるんです。なぜかというと、業務プロセスを可視化して標準化してマニュアルを作るというのは、私たちが抱えている不便さを解決するための道具なんですね。
それを当事者がみんなで作るということは、マニュアル・フローチャートを見て粛々とやっている仕事だけでは面白くないけれど、付加価値を作っているし、「これを私が作ったから、私の案件でママさんたちがみんな仕事できるんだ」という立ち位置で、自分の成果を感じられる。
松井氏:自己効力感と組織への貢献感を同時に満たす仕組みですね。これは従業員エンゲージメントの向上にも直結します。
田中氏:はい。他者評価もあって、自分の成長感もあるというところをモチベーションの基点にしています。そして、今の自分の仕事や領域に変にこだわるということはしない。これが変化の激しい時代には重要だと思います。
まとめ:ママさん最強伝説を支える4つの要素
- マンダリニア哲学:オオスズメバチに学ぶ個体の強さと組織の強さの両立
- 適正離職率:文化に合わない人は引き止めない健全性
- 柔軟性重視:専門領域にこだわらない変化対応力
- 当事者主導:自分たちの問題を自分たちで解決する自律性
次回予告:【第4回】COSMOSコミュニティの力 ~自律的成長を支える非公式組織~
「母は強し」という言葉の背景にある組織運営の智恵について、皆様はどう思われますか?次回は、この強い個人たちを繋ぐ「COSMOSコミュニティ」の秘密に迫ります。
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【対談者プロフィール】
Mamasan&Company 株式会社田中 茂樹 (たなか しげき) 代表取締役 | 企業の経理・情報システム部門を経て、在宅ワークチームの運営モデルを創出。その経験をもとにMamasan&Companyを創業。4000ID規模のリモート運営において業務プロセスの可視化・再構築を実現し、組織の生産性向上と人的資本経営の実践に豊富な知見を持つ。 |
| 人的資本やイノベーション政策を横断的に研究し、政策・学術・実務をつなぐ専門家。多数の企業や自治体において、理論を実務に落とし込む支援や講演を実施し、組織運営・人的資本経営に関する深い知見と実践的アプローチを提供。 | 雇用系シンクタンク iU組織研究機構 松井 勇策 (まつい ゆうさく) 代表理事 ・社労務士 |





