新しい時代の働き方コラム

【対談シリーズ第2回】4000IDが生まれた必然性

2025年11月5日 09:00 カテゴリー : 新しい時代の働き方コラム

特別対談

~制約から生まれたイノベーション~

前回は人的資本経営の現状課題について議論しました。今回は、その具体的解決策として注目される「4000ID」システムの誕生秘話に迫ります。一見すると緻密な戦略設計の産物に見えるこのシステムが、実は「困った状況」から生まれた必然的なイノベーションだったという驚きの真実とは?

「使い物にならない」という前提からの出発

松井氏:田中さん、4000IDという業務分解システムは外から見ると非常に戦略的に設計されたように見えますが、実際の誕生過程はどのようなものだったのでしょうか?

田中:これはよくお客様からも言われるんです。「すごい仕組みですね、生産性が上がりますね、これを思いついたのはすごいですね」って。私も結構素直な性格なので喜んでしまうんですが(笑)、実はこれ、別に戦略的に考えついたものではないんです。

松井:といいますと?

田中:せざるを得なかったんです。創業当初、在宅で働きたいという意欲もあるし、業務経験もそれなりにある人たちが集まってくれました。会計の資格を持っている方も多くて、「これはいけるぞ」と思ったんですが…実際に業務をお願いしてみると、使い物にならなかったんですよ。

松井:それは意外ですね。どのような問題があったのでしょうか?

田中:急に子どもが発熱したり、やる気はあるんだけど「ちょっともう無理です」みたいな状況が頻発しました。一人ひとりの安定性に期待できないし、期待を持たれても困るという関係性で組織を強くしていくことが、なかなかイメージできなかったんです。

視点の転換:弱みを強みに変える発想

田中:でも、ある時気づいたんです。「使い物にならない」と思っていること自体が、視点の間違いだったと。そもそも、その人たちが安定的に稼働するという期待を持つこと自体が間違いだったんです。

松井:なるほど、問題の捉え方そのものを変えたということですね。

田中:はい。一人ひとりは不安定だけれども、つないでいったら安定的になるよね、という発想に転換しました。それを実現するために必要だったのが、業務プロセスの可視化と標準化だったんです。業務を「いつ誰が何を使って何をする」という4つの要素で完全に分解し、フローチャートとマニュアルを見れば誰がやってもできる状態にする。これが4000IDの原点です。

松井:これは非常に興味深い事例ですね。制約理論でも「制約があるからこそ創造性が高まる」という研究結果がありますが、まさにそれを体現している事例だと思います。

高地トレーニング効果:必要に迫られた標準化

田中:私はよく「山間部に住んでいると心肺機能が高まって長距離が早くなる」という例えを使うんです。世の中にはこういうことってよくありますよね。何かが生まれる土壌として、不便を解決しなければいけない状況が必要だったりする。

松井:環境が能力を育てるということですね。

田中:まさにそうです。うちの組織は本当にそれを体現していると思います。メインのワーカーは子育て中の主婦の方々で、思っていた以上に不安定なんです。子どもがオレンジジュースをこぼしてイライラしたり、急に体調を崩したり。

8時間どころか1時間ですら集中できないという状況で、一人ひとりがポンコツなんですよ、生産性という意味では。

松井:非常に率直な表現ですね(笑)。でも、そのポンコツな個人が集まって、どうやって組織として機能するようになったのでしょうか?

時給概念の放棄という革命的転換

田中氏:重要なのは、私たちが時給という概念を完全に捨てたことです。雇用契約ではなく業務委託契約にし、成果報酬制を採用しました。

例えば、子どもが熱を出して看病しながら仕事をする日は、通常10件やるところが3件しかできないかもしれない。でも、それでいいんです。3件分の報酬をお支払いする。この納得性を得られる仕組みを作ったんです。

松井:それは労働観の根本的な転換ですね。時間を買うのではなく、成果を買うということですね。

田中:そうです。そして、この働き方の不便さを組織で解決する方法として、標準化を徹底的に行いました。その標準化の裏側をひっくり返していくと、4000IDという作業の最小単位のコスト設定になったということです。

当事者による問題解決の重要性

松井4000IDの開発過程で、特に重視されたポイントはありますか?

田中:最も重要なのは、自らが困っている状況を、その当事者たちがすべて解決しているということです。フローチャートやマニュアルの作成も、例外なくママさんたちが担当します。私たちは絶対に、社員の方や外部の人にそれをやってもらいません。なぜなら、自分たちの不便さを解決するための道具だからです。

松井:なるほど、ユーザー主導による問題解決ということですね。これは非常に重要な視点だと思います。

田中:そうなんです。自分たちが作ったマニュアルだから、他のママさんたちも仕事ができる。そして、「これを私が作ったから、みんなが働けるんだ」という立ち位置で、自分の成果を感じられる。これが非常に重要だと思っています。

4000IDの具体的な仕組み

松井4000IDの具体的な運用について教えていただけますか?

田中4000IDとは、すべての作業を最小単位まで分解し、それぞれにコストを設定したものです。例えば、メール一本送るのにいくら、データ入力一件いくら、というように。面白いのは、例えば会計業界で、税理士の資格を持っているママさんも、営業経験しかないママさんも、同じ作業であれば同じ単価なんです。8月に20円だった作業が、翌月に18円になったら、誰がやっても18円です。

松井:それは興味深いシステムですね。スキルや経験ではなく、作業の価値で報酬が決まるということですね。

田中:はい。これは雇用関係では実現が難しいと思います。労働法の趣旨からしても、実際の法律運用としても。でも、業務委託で成果報酬制だからこそ実現できる仕組みです。

標準化がもたらす2つの効果

松井:このような徹底した標準化により、どのような効果が生まれていますか?

田中:大きく2つの効果があります。

1つ目は即戦力化です。

昨日今日から働き始めた新人のママさんでも、マニュアルを見れば即座に作業ができる。スピードは遅くても、品質は保てます。

2つ目は代替可能性です。

急に誰かが働けなくなっても、すぐに代わりの人が対応できる。連続的に同じ担当者がやる必要がないんです。

松井:これは現在議論されている「ジョブ型雇用」の先駆的な実践例とも言えますね。日本企業の多くが抱える「属人化」の問題を根本的に解決しています。

田中:おっしゃる通りです。ただし、これがすべての業務に万能だとは思っていません。ゼロイチの創造的な業務や、大局を見るマネジメント業務には向いていない面もあります。

フローチャートとマニュアルの威力

松井:お客様企業からの反応はいかがですか?

田中:フローチャートとマニュアルに対して、「感動」という言葉を使ってくださる方も多いです。「こんなことができるんですね」「うちではできないわ」とおっしゃる。でも、これは能力がないわけではないんです。そもそも必要性がないからです。通常の労働契約では、時間拘束でパソコンの前に座って作業して、人の繋がりの中で業務を覚えていく。わからないことがあったら先輩に聞けばいい。

松井:なるほど、従来の働き方では標準化の必要性が低いということですね。

田中:そうです。でも、人が辞める時や、外部にアウトソーシングする時、M&Aのタイミングなどで、急に可視化のニーズが高まります。そういう時に、私たちの手法を見ていただくと、「こういうやり方をすると、うちの他の部署でも応用できるね」という話になることが多いです。

必然から生まれたイノベーションの価値

松井:今日のお話を伺って、4000IDシステムが戦略的設計の産物ではなく、制約から生まれた必然的なイノベーションだったということがよく理解できました。

田中:はい。山間部に住んでいるからマラソンが早くなるように、私たちも不便な状況があったからこそ、この仕組みが生まれました。そして今、それが多くの企業にとって価値のあるソリューションになっている。

松井:制約を制約として受け入れるのではなく、イノベーションの源泉として活用する。これは多くの企業にとって重要な示唆だと思います。

田中:そうですね。重要なのは、問題を「解決すべき課題」として捉えることです。「使い物にならない」と諦めるのではなく、「どうすれば使い物になるか」を考える。その過程で生まれるイノベーションが、競争優位の源泉になるのだと思います。

まとめ:制約をイノベーションに変える3つのポイント

  1. 視点の転換: 「問題」を「解決すべき課題」として再定義する
  2. 当事者主導: 困っている人たち自身が解決策を作り出す
  3. 徹底した標準化: 個人の不安定さを組織の安定性で補完する

次回予告:【第3回】ママさん最強伝説の真実 ~個体の強さと組織の強さの両立~


制約から生まれるイノベーションについて、皆様の体験や意見をぜひコメント欄でお聞かせください。次回は、この4000IDシステムを支える「ママさん最強伝説」の真実に迫ります。

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【対談者プロフィール】

 Mamasan&Company 株式会社
 田中 茂樹 (たなか しげき) 代表取締役
企業の経理・情報システム部門を経て、在宅ワークチームの運営モデルを創出。その経験をもとにMamasan&Companyを創業。4000ID規模のリモート運営において業務プロセスの可視化・再構築を実現し、組織の生産性向上と人的資本経営の実践に豊富な知見を持つ。
人的資本やイノベーション政策を横断的に研究し、政策・学術・実務をつなぐ専門家。多数の企業や自治体において、理論を実務に落とし込む支援や講演を実施し、組織運営・人的資本経営に関する深い知見と実践的アプローチを提供。雇用系シンクタンク iU組織研究機構  
松井 勇策 (まつい ゆうさく) 代表理事 ・社労務士
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