
はじめまして! ナイジェリア・ラゴス在住17年の大阪出身MCです。
Mamasan&Company (以下MAC)で働きはじめて3ヶ月。ナイジェリアにいながら、日本の仕事に関わることができ、自分の世界がまた広がりました。
今は、4人の子育てをしながら、小規模なホテルを経営しています。
趣旨説明:子育てとホテル経営を両立してきた日々、「MAC」に出会ったきっかけについてお伝えします。日本とナイジェリア、2つの故郷を持つ私だからこそ伝えられる、アフリカでのリアルな働き方をご紹介します。
ナイジェリアってどんな国?
アフリカ最大の経済大国ナイジェリア。とくに私の住む街「ラゴス」はビジネス・商売で活気があふれ、どこへ行っても人・人・人!。道路では車のクラクションが鳴り響き、道端では、果物や飲み物を頭に乗せて売る人たちの姿も見れます。時にはヤギ肉や牛肉のカット肉を売っている人もいて、日本では見られない光景ばかりです。
気候は雨季・乾季はありますが、年間を通して暑いです。 250以上の民族があり、その中でも代表的な民族が、「イボ族」、「ヨルバ族」、「ハウサ族」です。 公用語は英語ですが、民族ごとにそれぞれの言葉を使い、文化、食事もかなり違います。
また、ナイジェリアは音楽やダンスがとても身近な国でもあります。街中やお店でも音楽が流れていて人々がリズムに合わせて自然に体を動かしている姿を見ると、こちらまで元気をもらえます。
「絶対続かない」と言われたアフリカ生活
移住した当初は、毎日が驚きの連続でした。 停電が続いたり、井戸水が枯れてしまい、汲み上げる水がない。 何事も予定通りに進まないことが日常茶飯事です。言葉や文化も違うので、買い物一つするにもひと苦労で、子育ての考え方の違いにも悩みました。
それでも、少しずつ現地の暮らしになれていく中で人の明るさ、温かさに支えられました。困っていると誰かが助けてくれ、苦しいとき悲しいときには、アフリカンビートのダンスで笑顔にしてもらい、家族や地域とのつながりをとても大切する文化に触れ、気がつけば、ナイジェリアが 「住みにくい国」→「私のもう一つの故郷」になりました。
ホテル経営を支える現地スタッフたち
停電が続いたり、水がないのはホテル経営に響きます。発電機やソーラーシステム、水を近所の井戸から供給しもらったり。日本では考えられないことが起こります。 その中で一番苦労したのが、近所の方や地域住民、現地スタッフに助けてもらうことでした。
日本で生まれ育った私は、自分の問題に他者を巻き込むこと自体とても抵抗がありました。
また、スタッフ同士の揉め事や喧嘩も多く、民族の違いなどで一つのチームとなることがとても難しい時期もあり、喧嘩の仲裁に追われることもありました(笑)。 その頃からスタッフ一人ひとりに向き合い、ミーティングや研修を重ねました。そして、ホテルをみんなの力で支えるという方針に変えていきました。 現在では、スタッフたちに現場での対応や判断を任せることで、全員が責任感を持って動いてくれるチームとなり、今ではこのチームなしではホテル経営はできません。そのおかげで、 私自身も、やっと自由な時間を持てるようになりました。
現地スタッフと信頼関係ができたことで出会ったMAC
現地スタッフに少しずつ仕事を任せられるようになったことと、また、子どもたちも成長しあまり手がかからなくなり、自分の時間も持てるようになってきた頃、何か日本とつながりながら、ナイジェリアでできる仕事はないかと考えるようになりました。そんなときに出会ったのが、MACです。ホテルの仕事の合間に作業をしたり。新しいことを毎日たくさん学べたりと大きなやりがいを感じています。また、同じ境遇のママさん方も多くいらっしゃるので、皆様の頑張りに、元気と勇気をいただいています。
さいごに
生まれ故郷の大阪と、もう一つの故郷であるナイジェリア、そして、MACにはどこか共通する温かさがあると感じています。一人で生きていける人はいません。困ったとき、苦しいときに声をかけてくれる人がいて、嬉しいことや楽しいことも一緒に分かち合える。時には少しおせっかいなくらいの人たちからのアドバイス。オンラインなのに、人との距離が近く感じられるのも魅力です。そんな人とのつながりに支えられて、今の私があります。ナイジェリアも、MACも私にとっては、そんな温かい場所です。
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